ドキュメンタリー映画「鬼瓦(仮)」の撮影では倉庫や窯のシーンなど薄 暗い環境での撮影が多く、十分な光量が得られないため、とにかく明るい単焦点レンズを使う必要がありました。加えて、土をこねたり乾燥させて作る鬼瓦の制作現場は常に土埃との闘いになるため、防塵防滴機能を有していることも重要な要素でした。2017年頃から愛用している(株)コシナが製造しているZEISS MilvusとVoigtlander Micro Four Thirdsレンズを今回も使用しました。
Milvusシリーズについて
Milvusの魅力は、開放F値が1.4〜2.8ととても明るいのはもちろん、現場の空気感すら映し撮る描写力とフォーカスリングの滑らかさ、そして回転角の大きさです。映像作品での重要な表現方法の1つにフォーカス送りがありますが、Milvusはこのフォーカス送りが本当にしっとりとなめらかに行うことができます。Milvusのラインアップは15mm〜135mmまでをカバーする11本ありますが、特に使用頻度が多く気に入っている焦点距離は18、25、50M*、85になります。(*マクロ)
▼Milvus 2.8/18の作例
上の作例はMilvus 2.8/18で撮影したクリップになります。手前から奥までの鬼瓦をなるべく見せたかったのでF4で撮影しました。並べた鬼瓦の迫力がよく伝わってきます。広角レンズでもよくボケるため、F4まで絞っても背景は柔らかくボケて主題の鬼瓦が立体的に迫ってきます。Milvus 1.4/85も描写が非常に美しいレンズです。撮影中のモニターに思わず見とれてしまうほどです。人を立たせて撮るだけで作品になってしまう力を持っています。
Milvus1.4/25はちょっと別格なレンズです。撮れた映像を見て思わず声が出てしまうレンズはあまりないと思います。
▼Milvus 1.4/25の作例
株式会社丸市 鬼師 加藤宜高
上の作例はMilvus 1.4/25で撮影したインタビュークリップになります。薄暗い倉庫で背後の窓からの逆光という厳しい条件の上、光量の少ない照明のためF1.7で撮影しています。このレンズを通して見る景色はとても繊細で美しく、ずっとこの世界の中に居たくなります。本作の場合、長編映画なので尺が90分程度になる予定ですが、プロモーション映像などとは違って1つのクリップの尺が長くなりますが、Milvusシリーズの描写力で画角の中で主題がはっきりとしつつそれ以外の要素は綺麗にボケて整理されるので、長時間の視聴に堪える映像になると思っています。
Milvusシリーズ全体を通して言えることは、とにかく絞り開放からシャープな描写でフォーカスが合わせやすく、画質は最高レベルで作品のクオリティを上げてくれる、という点です。映像作品を撮る上でこれほど心強いことはありません。
Voigtlander Micro Four Thirdsシリーズ
MilvusはBlackmagic URSA Mini Pro 4.6K G2の三脚運用で使用していますが、移動ショットではジンバルに搭載したBlackmagic Pocket Cinema Camere 4Kを使用しています。センサーサイズがスーパー35から4/3サイズになり、Milvusに肉薄するレンズを選ぶ必要がありますが、今回もVoigtlander Micro Four Thirdsレンズを使用しました。
Voigtlander Micro Four Thirds シリーズは驚異のF0.8を誇る、Milvusよりもさらに明るいお気に入りのレンズ群で、絞りのクリック切換機構により絞りの無段階調整が可能です。特にNOKTON 25mm F0.95 Type IIは多用しています。35ミリ換算で47.5ミリという焦点距離がジンバル運用時に非常に使いやすく、ボケが大きいので人物のフォーカス合わせが容易です。フォーカスリングの動きもMilvus同様になめらかでフォーカスモーターを使用したフォーカス送りがスムーズに行えます。
▼NOKTON 25mm F0.95 Type IIの作例
上の作例はNOKTON 25mm F0.95 Type IIで撮影したクリップです。F2付近で撮影しています。フォーカスが合った部分のシャープさと背景の大きなボケが被写体の立体感を高めてくれます。描写、ボケ味の美しさはMilvusに肉薄し、シーンの中で混在させても違和感はありません。
移動ショットでは動く被写体をフレーム内で追いかけながらの撮影で、当然フォーカスも移動しますが、NOKTONのピントの山はつかみやすく、フォーカスリングの回転角も大きくなめらかなため、フォーカスの微調整がしやすいです。
単焦点レンズを使用する意味
冒頭で単焦点レンズを使用する理由として明るさを挙げましたが、実はそれだけではなく、ズームレンズに勝る描写性能に惚れ込んでいることや、焦点距離感覚が鍛えられるという点もあります。ズームレンズを使っていると自分が動かずに被写体に寄ったり遠ざかったりできるため、今どの焦点距離で撮っているのか意識していないことがあります。その点、単焦点レンズは表現したい画角を決め、明確な意図を持ってレンズを選び、撮影をすることになるので画角の説得力が増し、画作りも強いものになります。この画作りの違いは作品の完成度の違いとなって現れると思っています。
映画表現におけるMilvusとVoigtlander Micro Four Thirdsレンズ
過去にもMilvusとVoigtlander Micro Four Thirdsレンズを使用して何本か短編映画を撮ったことがありますが、DCPデータに変換してスクリーンで上映した時に、自分で撮った映像ながらあまりの美しさに息を呑んだ経験があります。その時の強烈な印象から来る絶対的な信頼感がMilvusとVoigtlander Micro Four Thirdsレンズを使い続ける理由でもあります。カメラの進歩で綺麗な映像が誰でも撮れるようになっていますが、それでも超えられない部分が存在するとすれば、光学系を担うレンズの性能になってくると思います。
テキスト / タカザワカズヒト